何をやってもうまい人 なかにし礼は親分肌で面倒見のいい兄貴(夕刊フジ)

【昭和歌謡の職人たち 伝説のヒットメーカー烈伝】

 流行歌は作詞、作曲、編曲で成り立っている。歌詞にメロディーがつき、イントロをはじめさまざまな楽器の演奏がついて、歌手が歌う。

 作曲は譜面が書けなくても鼻歌でできる。作詞は詩とは違い、譜割りとか、音の高低、リズムにより言葉を選ぶ。歌とはそれぞれの才能の集結なのだ。

 ところが、世の中には特例がある。何をやってもうまい人がいる。それがなかにし礼という人だ。作詞、翻訳、戯曲、随筆、テレビのコメンテーターまでこなす。ゴルフもシングルプレーヤーだから驚かされる。

 作詞は大ヒット曲メーカーであることは衆知の事実だが、作曲でも大きなヒット曲がある。「知りすぎたのね」「時には娼婦のように」だ。「時には娼婦のように」が映画化されると主演までして濃厚なファックシーンまで演じた。

 嫌われたくないから相手の男に何でも許す女。昼間は淑女で夜には娼婦のように振る舞う刹那な女ごころを表現したもので、いつも甘く新鮮で胸を突く。

 僕は中学生の頃聞いた「知りたくないの」が脳裏から離れない。女の過去を気にする男だ。思春期真っ盛りで、好意をもっていた女の子が他の男の子と交際をしていたと聞いただけで不純な子に思えた。「済んでしまったことは仕方ない」と思えるようになったのはこの歌のおかげだろう。

 1973年、業界に入ると真っ先に飛んでいった。ようやく担当した歌手はデビューしてスマッシュヒットはしたが、低迷中。僕は詞のコンテみたいなものを書いて打ち合わせに入った。

 「ああ、いいんじゃないの、これで」

 そう言われて拍子抜けしてしまった。むしろ手抜きではないかと思い、ふてくされた態度になると、「これから行くから。元気な奴がいるから」と電話を入れている。で、連れていかれた銀座の行きつけの店でこんこんと諭された。

 歌詞が出来上がり、録音を終えると、相模の池だらけのゴルフ場に連れていかれた。「コンテ代だよ」と言われ、うれしくて、池に飛び込みたいくらいだった。

 「人生はひまつぶし」「仕事はおもしろ半分」が口ぐせ。親分肌で面倒見のいい兄貴だ。

 仕事部屋にはヒット賞のトロフイーや賞状はいっさい飾られていない。(おわり)

 ■なかにし礼(なかにし・れい) 1938年9月2日生まれ、79歳。64年、「知りたくないの」のヒットを機に作詞家となる。2000年には『長崎ぶらぶら節』で第122回直木賞を受賞した。

口コミとかで
いろいろな意見の書込みがあるけど
実際は【効果なし】なの?

わたしが気になっているのはコレ・・・

何でも個人差はあるから仕方ないんですけどね

ほとんど全員が【効果あり】みたいに書かれてるのが
ちょっと怪しい気もすんですけど・・・

でもちょっと期待もしてしまいますよね

やってみようか・・・悩むな~

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