星野哲郎さん タイトル、歌い出しを一発で決めるスゴ技は天下一品 昭和歌謡の職人たち(夕刊フジ)

【昭和歌謡の職人たち 伝説のヒットメーカー烈伝】

 音楽業界に入って、星野哲郎さんの悪口を聞いたことがない。

 奇人、変人、宇宙人の多い世界。「あいつは変わってるよな」と互いに言いあいながら、楽しくつきあう世界である。

 作家仲間からも慕われ、後輩だろうが偉ぶらず、荒っぽい言葉を聞いたことがない。

 巷の居酒屋で思い浮かんだ歌詞をコースターや箸袋の裏にメモるのは星野伝説のひとつである。またタイトル、歌い出しを一発で決めるスゴ技は天下一品である。

 僕は演歌を担当するのが遅かったので、1990年前後にようやく仕事をする機会を得た。打ち合わせはたいがい都内の作家事務所だが、ある日伊東でゴルフをやりませんかとなった。このあたりが大御所となると違う。煙のプンプンした居酒屋ではない。

 夕方現地に着くと、伊東のうまい魚と酒で腹ごしらえすることになる。地元には「城ケ崎ブルース」という星野さんの作品があるだけに、伊東の観光組合長まで訪ねてきての酒宴となる。

 腹いっぱいの僕はホテルで寝るばかりと思っていたら、「次は○○さんに行かないと悪いから」と2軒目。その繰り返しで5軒をはしごして、夜中の2時過ぎにホテルに帰った。星野さんはいやな顔ひとつ見せない。優しさの塊のような人だ。

 ゴルフは几帳面そのもの。バンカーに入るとボールを強く打てないと笑っていた。ミスしても怒ることなく、ナイスショットが出るとにっこりされる。その笑顔がなんともかわいらしい。

 ゴルフを終えてお茶を飲みながら、「ところでどんな歌がいいかな」と聞かれたので、具体的にタイトルをいうと「それは難しいな」と言われてしまった。

 タイトルは「心」だった。「心を歌にしているんだから」と言いながらも、1週間後には出来上がっていた。

 星野さんは山口県出身。商船学校を卒業し、遠洋漁業の船員になるが数年後に病気のため船を降り、闘病生活を送ることに。

 このときに作詞を学び、懸賞に応募して、53年に作詞家デビュー。主に演歌でヒットを飛ばし、生涯収録曲は4000曲に及ぶ。 

 ■星野哲郎(ほしの・てつろう) 1925年9月30日~2010年11月15日、享年85。代表作は「函館の女」「三百六十五歩のマーチ」「アンコ椿は恋の花」など。

【どんなタイプでも解決できる】みたいに言ってるのが
ちょっと【インチキくさい】感じがするのよね

わたしが気になっているのはコレ・・・

よく公式サイトとかに出ているモニターさんって
成功したから、代表例として出演しているわけで・・・
全員が【必ず】成功するとは限らないよね。

かといって
実践者のリアルな口コミを読んでると
かなり高い効果を実感できるみたいだよね。

信じて、試してみようかな

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