拒絶のトヨエツと冗舌の羽賀研二…過熱した“等々力取材合戦”の記憶(日刊ゲンダイDIGITAL)

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株式会社オニオンリンクさんがネット掲示板で
かなり話題になってるみたいだよ。

あの掲示板でもスレも何個か立ってるみたい

出典元:豊川悦司(右)と羽賀研二(C)日刊ゲンダイ

【平成芸能界 直撃の30年史】(3)

「取材には一切応じません。撮影もやめてください!」

 東京都世田谷区等々力の住宅街に、あの個性的な声が響く。言葉を尽くしても、聞く耳を持たない。カメラマンは一眼レフをアスファルトに置いて、両手を上げて、後ずさりした。

 トヨエツこと豊川悦司がブレークしたのは平成4年、1992年のドラマ「NIGHT HEAD」だった。94年に映画化されるなど、話題をさらい、映画版で共演した当時19歳の女優小島聖との熱愛が発覚、等々力で同棲する一戸建てを直撃したときのことである。

 当時30代半ばの豊川はマスコミ取材を受けないことで知られていた。実際に相対すると、186センチの痩身を全身ピリピリさせ、肩をいからせ目を吊り上げる拒絶ぶりを見せた。

 このころ同じ等々力の、駅近くには梅宮アンナと交際中の羽賀研二がビル地下に住んでいて、大きな犬を飼っていた。豊川と同年代の羽賀は直撃すると、こちらの目を真っすぐ見据えたまま、よくしゃべった。アンナとの交際はアンナパパこと梅宮辰夫が「希代の悪」と羽賀を吐き捨て、羽賀の前に立ちはだかる。アンナをめぐる男の対決もドラマのようで、渋谷区松濤の梅宮邸などには芸能マスコミが張り付いていた。

■ポケベルには編集部から「49(至急)!」

 どの現場であれ、マスコミの数が膨れ上がると、どこからともなく関係者が現れて会見するか対応する。現場で示し合わせて一斉に「バレる」ときもあるが、競合関係にあるため、抜け駆けは日常茶飯事。一番のネタは結婚や破局といった熱愛で、スキャンダルになるほど、過熱した。それで、どこかのワイドショーが朝刊番組欄に「話題の大物女優を独占直撃」などと打てば、その夜は抜かせてなるものかと取材クルーの乗ったバンが繰り出し、スポーツ紙はハイヤーを出し、その女優とおぼしき自宅を片っ端から直撃して回っていく。ポケベルがあまりにピーピーうるさいと記者が無視すれば、「49(至急)!」などの暗号が、編集部の番号のあとに付け加えられていった。

 空港の乗客名簿も誰でも閲覧できていたから、芸能人の出入国にも、マスコミは大挙した。女流棋士の林葉直子の失踪騒動のときは、ひと夏を成田空港で過ごしたスポーツ紙記者もいた。

 もちろん芸能人を守るべきプロダクションも体を張っていて、しょっちゅう小競り合いがあった。そんなとき、取材陣の矢面に立って、暴力はふるわないが、肩をぶつけるようにして、向かっていたのがリポーターの梨元勝さんだ。

「面白いことをやろうよ」を第一に掲げ、けんかになっても逃げない。「むしろ、揉めるくらいのところから始まった方が、いい取材ができたり、相手と仲良くなれるよ」と言っていた。

 それは本当だと思うようになったのは、携帯が出回り始めた頃だ。情報の行き来が早くなり、芸能人や関係者からのリークが増えていったのだ。

「これ知ってますか?」と、羽賀研二もどこにも出ていないネタを振ってきたりした。借金や女問題があぶり出されて窮地なはずなのに、不敵な笑いが聞こえてきた。「誠意大将軍」は裏の顔が見え隠れしていた。アンナとペアヌード写真集も出し、バカップルとも呼ばれていた。

 F1レーサーのジャン・アレジと熱愛中のゴクミこと後藤久美子が成田空港から単身渡仏した。二十歳そこそことは思えない落ち着き、そして目を見張るほどの美しさに、男の記者は見惚れてしまい、口をあんぐりと開いていたものだ。

(聞き手=長昭彦/日刊ゲンダイ)

あおやま・よしひろ▽1954年、東京生まれ。美空ひばりの時代から取材歴40年。現在も週刊誌などで活躍するベテラン直撃記者。

どこまで信じればいいかが難しいな・・・

やってもいないのに
レビューしてる人もいるだろうしね。

わたしが気になっているのはコレ・・・

効果についてのレビューは、悪評はないみたい。

ほとんどが【怪しい】と考えてることが
前提の推測ばかり。

ただネットの商品って
詐欺が多いって聞くし
購入して、始めてみたいけど・・・

本当に悩むなー。

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