「民主主義」「社会民主主義」「社会主義」の違いを説明できますか?(現代ビジネス)

戦前日本のデモクラシー論者としての吉野作造の再評価は、1960年代に始まり今日では定着している。

 明治憲法の定めに従って天皇主権を容認した点で吉野の「民本主義」を批判する議論は、今日では姿を消した。1925(大正14)年の男子普通選挙制をもたらした「大正デモクラシー」を代表する思想家として吉野の評価は定着した。

 その一方で、吉野への関心も失われてしまったように思われる。

 しかし、吉野の真の魅力は、普通選挙という政治的平等の実現にとどまらない。彼の「デモクラシー」には、初めから社会経済的な平等の実現が含まれていたのである。

 社会経済的「平等」というものは、選挙権の平等とは性格の違った課題であり、貧富の差が存在しない社会などはありえないから、それを実現すると称した革命はすべて失敗した。そして社会主義革命の失敗と同時に、「社会主義」そのものが死語になりかかっている。

 しかし、高望みはやめて、眼の前にある社会経済的不平等をたゆみなく具体的に改善していく思想と実践という程度のものに「社会主義」を定義しなおせば、それは今日でもなお重要な思想と実践であろう。

 この定義の変更は、「社会主義」の格下げではなく、「社会民主主義」の格上げである。

 かつて「社会主義」という言葉を独占してきたソ連や東欧の体制が崩壊してから30年近く経つ。おそらく日本だけのことだと思われるが、今日でも「社会民主主義」という言葉には「社会主義」に一歩譲った響きがある。

 それは、「民主主義」と「民本主義」の関係によく似ている。戦後の日本近代史研究は、「民本主義」だけではなく「社会民主主義」も、軽蔑の対象としてスタートしたのである。

 戦前の日本で「民本主義」と「社会民主主義」とをセットとして唱えたのは吉野作造であり、それを受け継いで労働組合運動や合法社会主義政党の実践に取り組んだのは、松岡駒吉や麻生久たちである。

 私自身が、吉野だけではなく、松岡らの日本労働組合総同盟(総同盟)や麻生らの社会大衆党の研究に取り組みはじめたのは、今から25年以上前のことである。

 1991年12月の東京大学社会科学研究所主催の公開シンポジウムで、「民本主義と社会民主主義」と題する報告を行っている(『社会科学研究』、第44巻第1号)。言うまでもなく、1990年の社会主義体制の崩壊を受けて、「社会民主主義」の再評価を日本近代史の分野で試みたものである。

 二十数年後の今日読み返してみると、“でも・しか社会民主主義〟のトーンが否めない。社会主義が駄目なら〝社会民主主義者にでも”なるか、“社会民主主義しか”ないか、という感じの報告なのである。

 しかし、今回刊行した『近代日本の構造 同盟と格差』(講談社現代新書)のなかで描いた、吉野作造、蠟山政道らの思想家や、松岡駒吉、麻生久らの運動家の姿には、〝でも・しか〟的なところは微塵もない。

ネタバレ記事を見つける為に
ネットで検索してみたら
実践者の体験ブログがあった★。

わたしが気になっているのはコレ・・・

『書いてある通りに正しく実践すれば効果あり?』

何でもそうだろうけど【継続する】のが大変なんだよね。

私みたいな
飽きっぽいタイプの人でもできるかな?

本当に効果がでるなら
頑張ってみたい気もするな。

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